【活動報告】江戸時代の歯医者さんは麻酔なし!?国立科学博物館「医は仁術」

こんにちは、谷村歯科医院 院長の谷村 将光です。

私は趣味でよく博物館や美術館へ足を運ぶのですが、先日、上野の国立科学博物館で開催されている特別展『医は仁術』を見に行ってまいりました。 今回の展示は「医学の歴史」、特に私たちの専門分野である「歯科医学」にも深く関係する貴重な資料が多数展示されているということで、非常に興味があり早速出かけてきました。江戸時代の医学の成り立ちについて、とても深く知識を得ることができましたので、皆様にも少しご紹介したいと思います。

1. 「気」の調和から「解体新書」へ。江戸時代の医学の進化

西洋医学が本格的に入ってくる江戸時代後期までの日本の医学は、古くから中国(漢方医学)の強い影響を受けて発展してきました。

当時の医学では、実際の臓器といった「目に見える人体の構造」よりも、目に見えないエネルギーである『気』の巡りを重要視していました。この「気」の調和が崩れた状態こそが『病気』であると考えられていたのです。 医者は患者を診察すると、症状や状態に応じて日本の薬草や中国から伝わった漢方薬を調合して処方していました。また、鍼(はり)や灸(きゅう)といった治療法がポピュラーであったほか、現代の医学とは呼べないような「祈祷(お祈り)」なども、病気を治すための手段としてごく当たり前に、かつ盛んに行われていました。

江戸時代の医学の歴史を語る上で最も有名な出来事といえば、やはり『解体新書』の翻訳・出版でしょう。

ドイツ人医師のアダム・クルムスが記した解剖学書『ターヘル・アナトミア』のオランダ語訳本を手に入れた前野良沢と杉田玄白は、江戸で行われた実際の死体解剖(腑分け)の場に立ち会いました。そして、本に描かれている緻密な解剖図と、実際の臓器の構造を照らし合わせてみたところ、その内容が寸分違わずものすごく正確であったことに大変な衝撃を受けたそうです。

彼らが苦難の末に4年もの歳月をかけて日本語に翻訳したこの『解体新書』こそが、我が国における「初めての本格的な西洋医学書」と言えます。 これを機に、山脇東洋が日本初となる人体解剖の記録を残すなど、人体解剖の重要性が各地へ広まっていきました。さらに1804年(文化元年)には、華岡青洲がなんと「世界初」となる全身麻酔下での乳がん摘出手術を成功させます。そして1823年(文政6年)にドイツ人医師のシーボルトが来日し、日本の西洋医学は飛躍的な進歩を遂げることになります。

2. 医療の原点「医は仁術」に込められた想い

今回の特別展のタイトルにもなっている『医は仁術(いはじんじゅつ)』とは、「医というものは、人命を救う博愛の道である」という意味を持つ格言です。江戸時代に、医者の心構えとして盛んに用いられた言葉だそうです。

『仁』とは儒教の教えから来ており、「他を想う心(思いやり)」を意味します。 身分制度が非常に厳しかった江戸時代においてさえ、「仁」の精神は身分の上下に関係なく、命と向き合う誰もが持つべき平等な思想として受け継がれていました。現代の医療従事者である私たちにとっても、決して忘れてはならない大切な精神です。

3. 麻酔なし!?江戸時代の恐ろしい「抜歯」事情

会場には、様々な難病を治療する様子を描いた浮世絵も展示されていました。上の写真の真ん中の絵をよく見ると、なんと「歯を抜いている(抜歯している)」様子が描かれています。

昔の人は、虫歯などで歯が痛くなってしまった時は一体どうしていたのでしょうか? 江戸時代やそれ以前の時代、現代のような優れた局所麻酔薬は当然ありません。どうやって抜歯をしていたのか非常に気になりますよね。

基本的には、この絵に描かれているように、専用の鉗子(かんし=ペンチのような道具)を使って「力任せに歯を引っこ抜いていた」そうです。麻酔らしい麻酔も無いため、文字通り「せ〜の!」で一気に気合で抜いていたとのこと。想像しただけでも歯が浮くような恐ろしい痛さです。

しかし、すでにグラグラになっている歯ならともかく、そこそこ根っこがしっかりしている歯は人間の力だけではなかなか抜けません。人間の顎の骨というのは、全身の骨の中でもトップクラスに硬く頑丈なため、少しでも歯の根が引っかかっているとビクともしないのです。 そこでどうしたかというと……なんと、「木の棒を歯に当てて、木槌(トンカチ)でガンガンと叩いて衝撃を与え、無理やり抜歯していた」そうです! 現代の痛みを抑える麻酔(無痛治療)のありがたさを痛感するとともに、つくづく江戸時代に生まれなくてよかったと心から思いました(笑)。

4. 世界最高峰!日本独自の精巧な「木床義歯(入れ歯)」

そしてこちらが、江戸時代に実際に使われていた「木製の入れ歯(木床義歯)」です。 非常に硬くて加工しやすく、なじみの良い黄楊(つげ)の木を削り出して作られています。既婚女性などはお歯黒の習慣があったため、歯の部分が黒く染められているのが特徴です。

驚くべきことに、当時の日本の入れ歯製作技術は「世界で最も優れていた」と言われています。 当時は『入れ歯師』と呼ばれる、入れ歯作りだけを行う専門の職人(プロフェッショナル)が存在していました。現代の歯科治療で入れ歯を作る際は、専用の印象材で歯の型を取り、石膏で模型を作ってから精密に製作します。江戸時代の入れ歯師たちも、なんと「蜜蝋(みつろう=ミツバチの巣からとれるロウ)」をお湯で柔らかくして口に含ませ、精巧な顎の型を取っていたそうです。

そうして作られた木製の入れ歯は、隙間なく顎の粘膜にピッタリと吸い付くほどのものすごい精度を誇っていたとのこと。道具も乏しい時代にここまでのモノを作り上げる、日本人の職人魂と手先の器用さには本当に驚かされるばかりです!

おわりに

今回の特別展は歴史や骨董などのテーマということで、ご年配の方の見学者が多いのかなと予想していたのですが、会場に行ってみると意外にも学生さんや若い方の姿がとても多かったです。 よく観察してみると、熱心にメモを取ったり展示に見入っている若い方たちは、みなさん医科や歯科関係の方(医師や医大生、研修医たち)のようでした。先人たちの知恵と努力の結晶を学ぼうとする若い世代の熱意に触れ、私自身も非常に大きな刺激をもらいました。

江戸時代から脈々と受け継がれる「医は仁術」の精神と、日本の細やかな職人技術。私たち谷村歯科医院もその想いをしっかりと受け継ぎ、最新の技術で患者さまに最善の治療を提供できるよう、これからも日々研鑽を積んでまいります。

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